「他力本願」と「自力本願」

「そんな人任せの「他力本願」ではダメだ」
「彼は自分で何もしない「他力本願」な人だ」

よく耳にする言葉ではないでしょうか。「他力本願」とは、いまや非常にネガティブな印象の言葉となっています。しかし、浄土真宗で使う「他力本願」とは、実はこのような意味とは全く異なるものです。

「他力本願」とは、本尊である阿弥陀如来(他)の願い(本願)の力(力)をいいます。
阿弥陀如来様は、私達をすくうための48個の願いを立て、長いながい修行を経てその願いを成就させました。そして、その完成した願いの力をもって、いま、まさに私達をすくおうとはたらきかけてくださっています。それのすくいの力・はたらきのことを「本願力」といい、それを「他力本願」と表現しているわけです。

ですから、「他力本願」とは、実は非常に有り難い言葉なのです。

これと対義語のようにされているのが、「自力本願」です。
「自分の力でなんとかする、がんばる」というような意味で用いられ、それはそれで立派なことなのですが、この「自力本願」は、経典には全く出てこない言葉です。おそらく本来の仏教語ではありません(「大正大蔵経」にも出てきません)。「他力本願」と対にして作られた造語かと思われます。

阿弥陀如来は、いつでも私達のことを見守ってくださっています。
このような「他力本願」がある事を知っているだけでも、ずいぶんと心が軽くなるのではないでしょうか。

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