先日、お母さんを亡くした中学生のお子さんに「死んだらどこへ行くのですか」という質問を受けました。テレビなどでは、「天国に行かれました。ご冥福をお祈りいたします」などと言われることがあります。

しかし、浄土真宗では「お浄土へ往生する」(お浄土へ「往(い)」き「生」まれる)といいます。このお浄土とは「仏」の国で、浄土真宗では、本尊である「阿弥陀仏」のお浄土に往きます。

では、どのようにすればお浄土に往けるのですか。
 
『歎異抄』には次のように述べられています。
第1条
「弥陀の誓願不思議にたすけられまいらせて、往生をばとぐるなりと信じて念仏申さんとおもひたつこころのおこるとき、すなわち摂取不捨の利益にあづけしめたまふなり。
弥陀の本願には、老少・善悪のひとをえらばず、ただ信心を要とすとしるべし。(中略)しかれば本願を信ぜんには、他の善も要にあらず、念仏にまさるべきなきがゆゑに。(以下略)

現代語訳
阿弥陀仏の誓願の不可思議なはたらきにお救いいただいて、必ず浄土に往生するのであると信じて、念仏を称えようという思いがおこるとき、ただちに阿弥陀仏は、その光明の中に摂め取って決して捨てないという利益をお与えくださるのです。阿弥陀仏本願は老いも若き善人も悪人もわけへだてなさいません。(中略)ですから本願を信じるものには、念仏以外のどんな善もいりません。念仏よりもすぐれた善がないからです。

このように述べられているように、阿弥陀仏を信じ、念仏「南無(なも)阿弥陀仏(あみだぶつ)」と称えることによりお浄土へいけるのです。

誰でも、いつでも、どこでも、阿弥陀仏の救いの手は差し伸べられています。