お葬式のお勤めの意味

本願力にあひぬれば むなしくすぐるひとぞなき
功徳の宝海みちみちて 煩悩の濁水へだてなし (高僧和讃)

(阿弥陀様のご本願のはたらきにあったならば、もはや迷いの生死を過ごす人はない。宝の海のように広大な功徳が身に満ちて、私たちの濁った煩悩も成仏の妨げになることはない。)

これはお葬式の時にお勤めする和讃です。

人が亡くなるという事は、悲しいご縁です。身近な人を亡くした場合は、格別でしょう。しかし同時に、亡くなった人を思い起こすとき、いつもお念仏を称えておられたことが思い出され、私たちも、同じように、阿弥陀様のお慈悲のなかにいることを改めて実感することができます。

「あなたを必ず救う」というご本願にであい、お念仏の日々を送られた人は、むなしく過ぎるだけの人生ではなく、功徳が満ち、真実の道を歩むことが出来ます。お葬式という縁は、そのような思いを故人が教えてくださる縁にもなります。

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コメント Comments

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  • 青月 がコメント

    2021年1月28日 2:56 AM

    大事な縁ですよね。
    でも 一般に葬儀が商業ベースに乗せられてしまって お寺さんも それに乗っかってしまって だいじないのちのまなびがおろそかにされてしまっているような風潮があるように思いますね。

    一生に一度ぐらいの だいじな縁なのに・・・。

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