一切の迷いは身びいきゆえ・・盤珪仏智弘済禅師御示聞書

という言葉を聞いたことがありますか?
要約すると、どのようなことがあったとしても、大切なことは、物事に動揺しない自分というものを確立していなければいけないということです。

地域ぐるみでの子育て

人間関係が希薄なってきているといわれ始め、結構な年月がたった。昭和の30年前半ごろまでは、隣近所の人間関係が非常に濃密であった。むろんこのような時代では地域ぐるみで子育てをしたものである。何かいけないことをすると近所の人がその子を叱り、いいことをすれば、その子をほめたものである。その家でどうしても子どもをみることができないときには、近所の人がそこの家の子どもをみたものである。すなわち、地域ぐるみで子育てをした。

相互扶助の関係が深かった、ところが・・・

こういう関係がどこからうまれてきたのかと考えてみると、それぞれの地域で相互扶助の関係が深かったと思う。ところが、近年そういう関係がかなり薄くなると同時に人間関係も希薄になってきた。

葬儀や結婚式までも地域ぐるみで

その原因を探ってみると、葬儀一つ例にとってみてもよくわかる。一昔前までは葬儀は家で行っていた。それを行うには地域(隣組)の協力が不可欠であった。例えば、葬儀の準備、そこには食事も含まれる。通夜の準備、進行、葬儀の準備、進行後かたづけに至るまですべてその地域の人が行った。葬儀だけではない。結婚式も家で行っていた。お祭りなど地域ぐるみの行事はすべてその地域の人が行っていた。このようなことを日常的におこなっていくには人間関係が濃密でなければできない。言い換えれば人間関係が濃密でなければその地域では生きていくのは困難だった。そして、「わずらわしさ」があった。

時代とともに徐々に変化してきた

時代ともに、結婚式はもちろん、葬儀を葬儀会館でおこなうようになってきた。そして、地域の行事も徐々に減り、結果として人間関係が「希薄」になってきた。

社会の流れの中で

 人間関係が希薄になってきたのは、社会の流れの中で自然になったといえる。人間関係が濃密だった昭和30年代後半までは日本の職業の中心が農家だった。しかし、今の時代は大半の人が何処かに勤めて生計をたてている。勤め人の場合、転勤が不可欠な要素になっている。今までの時代は、その家の長男が家のあととりとしてその家を継ぐ習慣があった。そして、家を継いだからには、お墓と仏壇を守ってきた。しかし、今の時代そういう形態が徐々に消え、地域を離れていく人が多くなった。地域にいたとしても、会社勤めから会社を休んでまで地域行事には参加できない現実がある。結果として、地域での行事に参加しょうと思ってもなかなかそうはいかない。そして、「わずらわしさ」がなくなった。同時に人間関係の希薄さからくる「さみしさが」生まれてきた。

お墓や仏壇までもが

 最近では、お墓や仏壇をどのように守っていけばよいのかと悩んでいる人も結構いる。墓参りに行きたくても行けない事情がある人も結構いる。また、仏壇を守っていこうと思っても同様の事が言える。

納骨壇

 お墓についてお寺のほうで何とかならないかという相談が結構ある。そこで当寺院では納骨壇を設けることにした。これだとそれほど気にしなくても安心してまかせられるという声を聞いている。

年に一度や二度ぐらいはお寺参りを

 日頃、仏壇を守れない人のフォローも必要になってくる。正敬寺では日頃仏壇を守れない人についても、永代経法要やお盆のお参りなど年に2~3回の行事を組み、当寺院の本堂にお参りできるようにしている。事実、日頃地域を離れて暮らしている人が正敬寺の本堂にお、お参りに来られる人が徐々にではあるが増えてきている。
納骨壇に先祖の骨を納めている人には、本堂の阿弥陀如来様にお参りをしたのち納骨壇にお参りをしていただくようにお願いしている。このような取り組みを通してお寺とお参りの方の距離も近くなったように感じる。